円高が待ち望まれていたという理論1

金融市場は本当に恐ろしいものだ。
私が最初にこのタイトルのコラムを書くことを試みたのは何年も前のことだった。
当時は1ドル80円、日本のGDPがドル建てに転じたのは、人口の2倍で米国のGDPを克服する勢いがあったときだった。

当時、日本はすでに景気後退期にあったが、米国経済は好況を楽しんだ。
金利差はすでに広がっており、それが今行われれば円が非常に高く評価されるような状況ではなかった。
しかし、問題は、米国の貿易赤字が巨大であり、ラテンアメリカの通貨危機がアメリカ通貨の地位を脅かすと真剣に考えられていた。
世界は「ドルの崩壊」を信じていた。

私はこのタイトルの列を書くことを考えていた。
円高を恐れてはいけない。
高すぎるな円高はすぐに改訂されるかもしれない。
経済が円の価格が上がることで滅部とこはないろう。
経済が枯渇すれば、円は自然に止まるだろう。
だが、その逆は真実ではない。
円が下落すれば景気が自然に回復し、円安が止まるという保証はない。
このため、円安は円高よりも恐ろしい。
私の趣味である海外旅行のについての言い訳だ。
外国で消費を使っているのは正しいことなのか、そういうわけで私たちは自己正当化しようとした。

だが、この円安段階に達していれば、私は円高を待たなければならない状況になっている。
私がロンドンに住んでいるとき、購買力平価によって海外消費の合法性は既に消えている。
私の趣味である旅は、経済的に非合理的になっている。
私は何とか円に頑張ってもらいたい。
円高が良いかどうか、円安が良いかどうかはこれまで討論されている。
賛否両論なのは、両替の効果に2つの面があるからだ。

1つは経済への影響だ。
円安が進むにつれて、海外からの日本製品の価格は安くなり、輸出促進を通じて国内生産を活性化する効果がある。
一方、日本が輸入する製品の輸入価格は上昇するため、輸入は低迷し、その結果、通常、貿易黒字の拡大に努めている。
円高は反対の効果があることも知られているので、経済に悪影響を及ぼすことになる。

もう一つは価格への影響だ。
輸入価格を抑制することで円高はインフレ抑制効果を評価するが、円安は輸入価格を引き上げることになり、インフレに対する加速をもたらす。
現在のアメリカが引き続きドル上昇を望んでいると言っていることは、熱狂する国内経済によるインフレを抑制する目的のためである。

現在の日本は、国内生産能力に余裕があるため、インフレが加速している状況はなく、幸運なことに、輸入品は日本の輸入品とほとんど変わらず、主要商品市場とアジア市場も止まっているので輸入価格はあまり上がらない。
円が安くなっても物価が上昇するという懸念は少なく、短所はほとんどない。
一方、経済的な効果が期待される場合には、円安の可能性が高い。

言い換えると、今は、円安が適切な時期だ。
現時点では、円高を待ち望む理論が幾分おかしいように見える。

当然、世界の政治・経済情勢を考えると、日本都合で円安が認められるということではない。
アジアからは、輸出を活用して経済を再建したい多くの国がある。
そのような国は、日本に対する価格競争力を高めるために、自国通貨を下げることによって日本と戦わなければならないろう。
この繰り返しは、無限の通貨切り下げ競争になる。
このような競争を防ごうとすることは、まずIMFのような世界的な金融管理システムを構築する要因となっている。
ヨーロッパでさえ、経済回復の早い段階で、輸出を拡大したいと思っており、アメリカでさえも、経済が好景気であっても、歴史上最も拡大した貿易赤字を、私ずっと保持して将来のドル危機の火を持つようことは決して考えない。
日本が望んでも、他の国々は必ずしも円安を歓迎することはできない。
依然としてまだ許容範囲内にあるかもしれないが、まだまだに許されない。

資産所有者に簡単になるための鍵4

あなたを資産にしよう。
今何を持っているか?
私は、あなたが最も重要に思っている物の一つを考えて欲しい。
どこでも購入できるよりも、見つけにくいことが適切だ。
土地も資産だ。
同じ条件の2つの土地がないので、これは良い例かもしれない。
株式を含む金融資産は同じものが市場にあるから微妙だ。
テレビのお宝買取団に登場する趣味のような珍しいものが良いかもしれない。
たとえそれがお菓子のおまけでも、見つかりにくいものは喜ばれる。
このようなものがなければ、しょうがない。
あなたの絵や、あなただけが知っている貴重な情報でも構わない。
想像してみよう。

その物に値段を付けよう。
どんな金額でも構わない。
あなたのお求めやすい価格で大丈夫だ。
1億円、数十億円。
それによって、あなたは数億の資産があることになる。

しかしながら、誰もその価格で購入しないので、何の意味もないと言う人もいる。
現在、会社が10億円としている土地を誰が同じ値段で買うのだろう?
または、10億円相当の骨董品に値するが、実際に価格で購入する人がいるかどうかはわからない。
今日の世界の物の価格はお粗末だ。
世界に一つしかないならば、1人でもそれを非常に感謝する人がいれば、市場価格は1人の評価価格で決定する。
あなたが非常に高く評価ならばあなたの言う価格が市場価格だ。
珍しいものを選ぶ理由があった。

自信を持ってあなたは、あなたの帳簿に1億円の資産を掲示することができる。
あなたは、それは世界の億万長者との帳簿の中では同じレベルだ。
アメリカの株投資家の富裕層のように豊かだ。

それでも富裕層の気持ちがわからない人もいるかも知れない。
市場価格が1億円の株式は売却価格で売ることができるが、たとえあなたが売却目的で所有する資産1億円を出しても、それが1億円で売れるかどうか疑問だ?
市場価格が1億円の株式は、実際には1億円で買われるかどうかわからない。
あなたが1億円で売ると思うのであればそれでいいかもしれないが、人々が1億円を売りたい場合それはそれより少ない額にすがない。
その場合、株式は紙切れにしかならず、あなたが持っている資産は、物として価値があるのでマシだろう。

それは議論に戻るだろう。
最終価格はどこに落ち着いたのか。
それは価格ではなく、価値である。
価値が本質を表すとすれば、価格は上側のみであり、それは外観の問題だ。
経済的に言えば、もともとの価格は価値を市場が評価する必要があるが、実際の社会では平等な関係ではない。
基本的価値が基本である一方、価格は自由に上下に離れることができる。

土地の価格もあった。
固有の使用価値はほとんど変化さないが、また、価格上昇もあり、下降もある。
たとえ側面だけの価格を上げ下げしようとしても、エッセンスとしての価値は変わらない。

バブル期の土地価格の上昇は、上辺が本質から遠ざかった例であった。
アジアの日本の立場がバブルの予想どおり改善し続けるならば、日本の土地利用価値は増加しているかもしれず、価格増加は、それはある価値の上昇を伴うことができたかもしれない。
それはただの夢の物語だった。
実際には、アジアの奇跡は奇跡ではなく、日本の役割はアジアの中心ではなかった。
価格は、価値水準に戻ろうとしている。
それはただの自然な進歩だった。

資産家になるのは容易だ。
それは価格の意味であった。
価値を持つ資産家になることは難しいことではある。
成功したベンチャー起業家であってもそれは難しい。
私は、政府が「価格」の観点から経済を上げることを目指していることはよく理解している。
誤解している人がいるので、消費と投資は改善しつつあり、経済も良くなっているようだ。
経済は、それは世界の人々の心であるため、人々は経済は良いと思うのが大切で、騙されたとしても、人々が喜んで騙されれば良い政策になるだろう。
節度は重要だ。
限界を超えるほど常軌を逸脱した嘘は、人々に呆れられる。
見栄えを良くしようとしても、真の価値がなければ、奇妙なその正体が見破られるだろう。

見栄に触れるだけのポリシーは一時的な効果しか与えない。
「資産価格が下がる間は、経済は良くならない」という理論は
「実体経済が改善されていなければ資産価格は上昇しない」が正しい答えで、「経済をより良くするために資産価格を上昇させる」は全くの間違えだ。
同じく、「インフレを引き上げて資産価格を上げるべき」は、みんなに嘲笑されるだろう。

資産所有者に簡単になるための鍵3

バブルによる経済発展の原因の一つは、担保に対する新規借入を増加させる信用創造ができたことだ。
言うまでもなく、バブルでは、銀行は積極的に担保として不動産を使って資金を貸し出した。
企業は現在、湯水のように使える大量の資金を調達することができ、設備投資は活発になり、一般の個人もまた、高価な消費のために不動産担保ローンなどで得られた資金を使うことができた。
バブル経済をの土台になった。
不動産、株式などの市場への一部の資金が流入し、それはまた、バブルをさらに過熱させる原因となった。

ある意味で、地価の上昇は、景気に好景気をもたらす可能性がある。
銀行と人の計算の違いによるものだと言える。
銀行が地価が上がるに伴って積極的に貸し出してきた理由は、地価が上がったからではない。
将来の経済が改善すると期待されたため、将来の土地価格が下落しないと予測することができた。
それは鶏と卵のような話だが、地価があまり上がらないという期待があっても、経済の強い期待があった場合、貸した可能性がある。
担保は銀行にとって大切なものだったが、銀行は本当に貸したい場所に担保がなくても貸し出す。
担保価値の増加だけが積極的なローンの理由ではない。
むしろ、たとえそれが担保に値すると思われるとしても、将来的に懸念がある場合は、担保価値を見積もる必要がある。
また、土地の価格が上がるにつれて、将来への楽観的観測が広まり、貸出が急に増えた。
土地価格が上がり経済を良好にしたというより、新興アジアの経済中心地としての日本経済に対する楽観論は、土地の上昇を正当化したと言える。

これまでの記事は、それは、私が過去に書いた列の単なる反復であるかもしれない。上記の議論から100ステップを踏んで、土地価格の上昇が経済にメリットの影響を与える場合を考えてみよう。
統計的に言えば、土地価格の上昇と経済はある程度の相関関係を示している。
地価は上昇しており、経済は良い。
バブル期を挙げなくても、直感的には相関があるようだ。

経済学でいう資産効果である。
資産価格が上がり、人々が裕福になったと感じ、消費を増加させる可能性がある。
または、私たちは、より簡単な資金調達で新しい設備投資をする可能性がある。。
景気を活発にし、経済を良質にする能力がある。
アメリカはいい例で、、現在の、年間に獲得した金額を過度に消費するくらいにヒートアップしたアメリカの消費は、株価上昇無しに説明することはできない。
株価が期待以上に高かったため、将来の年金生活のために必要と思った資産の量はできるだけ早く手に入れることができると思っている。
想定累積額よりも大きくなった部分はボーナスであるため、今年も使っても問題ないと思う。
日本は悪い例だ。
資産価格が下落し、資産残高が私が思っていたよりも減少したため、これまでよりももっと節約せずに将来は生きられないと思う。
それは消費を抑制する。

それについて考えるとき、地価を含む資産価格を上げる景気対策を唱える経済学者が出てくるのは自然だろう。
資産効果が重要である場合、私は、経済対策は実際には容易とことを理解している。
資産家になればいい。

私が言っていることが意味不明でぼやけていると思う人がいるだろう。
資産になることは簡単だ。
しかしながら、私の思う資産家とは、資産価格が高い資産を持っている人。
それは「鍵」だ。

あなたを資産にしよう。
今何を持っているか?
私は、あなたが最も重要に思っている物の一つを考えて欲しい。
どこでも購入できるよりも、見つけにくいことが適切だ。

資産所有者に簡単になるための鍵2

ローンを銀行からよりも、住宅金融公庫から借りる人がいるが彼らはお役所仕事しかせず、借り換えなどの複雑な問題に対応できない。
資産の価格が下落すると不便であり対応するシステムはないのが問題だ。

今すぐ債務を返す必要がない場合は、地価下落の問題は何だ?
人生が辛くなる理由はない。
それどころか、人生はより簡単になるかもしれない。
不動産にかかる固定資産税は下がるが、債務金利が変動金利である場合、それはバブル時代よりも短くなければならない。
購入のタイミングが悪いかもしれない。
 あなたが待っていたなら、半額で購入することができたかもしれない。
金利も低かっただろう。
機会費用(損益損失)があった。

それについて考えるなら、貪欲な話だ。
バブル価格で計算するときに土地を買うことから得られる利点は、支払う費用を超えたため、高額ででそれを買うことに決めたはずだ。
最良のタイミングでそれを購入すれば、利益を失ったように感じられるが、実際のところ、高額にもかかわらず、購入の満足感はその価格を超え、喜びで幸せになっていたはずだ。
買った後に地価が下がるという事実を知らなければ、幸福度はそのままだっただろう。
バブル崩壊、私たちは、高価に分譲されたマンションなどの残りを、トレーダーが価格を下げて売り上げたケースの数。
一方、古い価格=高い価格で購入した人は、商人から損害賠償を訴えたことがある。
だが契約書に「価格を下げて売却しない」と書かれていない限り、損害賠償を要求するのは不合理だ。
買い手が現れるまで価格を引き下げるには、経済にとっては当然だ。
それにもかかわらず、報道機関は住民の怒りをジャーナリズム的に報告して以来、経済的合理性が失われているようだ。
新しいアパートのアパートを割引価格で買った人、変な契約を強制された。
契約の金額は、割引前の今より高額なもので書かれている。
契約後に割引した学をを返すのだ。
買った人に対し、割引販売を提供していないようにそれを見えるようにするインチキだ。

地価が下落したため、これまでに考えた将来のデザインが歪んでしまう人もいるだろう。
また、地価が下落してもそれは問題のではない。
バブル時代に期待される将来の所得成長率が現実にならないという事実によると思われる。
原因は、バブル経済の崩壊による経済停滞であったため、間接的に地価は下落したが、それは問題ではあるだろうが、バブル期にも堅実に頑張っていた人がいた場合、地価が下落しても困らなかった。
地価は下落したが、それは問題ではなく、私は将来の収入環境についてあまりにも楽観視しすぎたという、計算の狂いが一番の原因だと思う。

土地の価格が急騰したときを想像してみよう。
あなたが購入した4000万円の土地は1億円に増加した。
億万長者に参加する。

今日のコースで何が変わったのだろうか。
あなたはその家に住んでいる。
変化について言えば、来年の固定資産税が上がる。
4000万円が1010億円になったしても、あなたの家の快適さが良くなったのではない。
エアコンの性能がいきなり上がったり、日当たりが良くなったり、家が広くなったわけではない。
土地や家の機能そのものが上がったわけではない。
それはただの価格上昇だ。

土地の担保価値は前回とは逆に増加するため、銀行から余分な金額を借りられるかもしれない。
それを資本金として新しいビジネスをすることができる可能性もあり、担保のない借入金と比較して、お金を簡単に低金利で借りられるか?
バブルによる経済発展の原因の一つは、担保に対する新規借入を増加させる信用創造ができたことだ。

資産所有者に簡単になるための鍵1

日本人はもともと面子を意識する羞恥心が多い民族集団であると言われている。
現在の日本で街を歩いていると、若者はのんびりとしている。
他人を気にする事は殆ど無い。
失敗した会社で責任を取ることなく生き続ける経営者、他者に対する責任を強く求めている官僚や政治家の姿を見る近年、日本には「恥の文化」があったと言われているが、それは嘘としか思えない。

前置きは置いといて、この記事の目的は
私がした個人的な話ではない。
それはあなたの資産の話だ。
資産の「外観」とは、資産がどれだけ価値があるように見えるのか。
資産の本来の価値と、表面=価格で見られる価値からの相違の問題だ。

今、資産があるとしよう。
それは不動産、金融資産でも問題ない。
または、それらはその周りのものでも構わない。
だが、とりあえず不動産としておく。
東京に30坪の控えめな土地があったとしよう。
それは1999年の価格で約4000万円の場所だ。
住んでその土地に家を建てる。

急に価格が崩壊し、約2,000万円の半額まで減ったら、人生は変わるだろうか?
バブルで不動産を購入した人は他人事ではなかろう。
その人達は土地の担保として4000万円を借りることがある。
今すぐ負債を返さなければならない場合、それは深刻なものになるだろう。
担保が不十分なため、土地を手放しても借金を返済することはできない。
また、土地を置き換えるには多くの問題があるが、古い債務を返済しない限り、新しい借金は不可能だ。

2000万円に落ちた古い土地を売却し、2,000万円の土地を新たに購入するとのがいいはずだ。
借金を借りなくてもいいからだ。
それにもかかわらず、4000万円を返す必要があるので、2000蔓延の土地の売却価格では不足しいるので新たに2,000万円を借りる必要がある。
土地以外の資産を持たない一般人であれば、2,000万円を借りることはできない。
借りられても、それは住宅ローンに以上の高い負債になるだろう。
問題は大きく、それは現在の住宅代替の需要のなさに反映されているが、これを解決することができれば、再び不動産を購入する借金は、不動産を担保として新しいローンとして再分類され、債務額は4000万円だが、本質は全く変わらない。

問題はまた、お金を貸している方の組織から来ている。
銀行は、前の債務を返さなくても、担保の変更はない。抵当貸付金は4000万円に対して半分の担保しかない。
地価が崩壊すると不良債権になっている。
前からある4,000万円のローンに、担保資産を古い土地から新しい土地に変えられる場合は、銀行に追加的損失はない。
むしろ、所得税譲渡損失の繰越のシステムを使用することにより、税金を払う必要はない。2000万円の損失があるだけで、借り手の財政負担は、政府の財政予算からの補償により減少する。
なので住宅ローンが燃え尽きる可能性はそれだけ少なくなると考えられている。
あなたが借り換えの手数料を取った場合、それは銀行からの収入になるので、多くの肯定的な側面もある。

しかしながら、銀行などは技術的な問題を解決する力はないのが問題だ。
ローンを民間銀行借りる人よりも、住宅金融公庫から借りる人がもっといるかもしれない。
それはもっと悪質だ。
住宅金融公庫はお役所仕事しかせず、あなたが新しいローンを作ることができるとしても、借り換えなどの複雑な問題に対応できない。
制度上認められておらず、処理することはできない。
資産の価格が下落すると不便であるが、地価は下落したが、それは問題ではないが、対応するシステムはないが、それは問題だ。

地価が下がって得した人と損した人12

株価がアップすれば、見かけの資産価値は増加するが、株の仕組みに気づかなければ価値は高いままである。
しかしながら、人々がそれに気付くならば、私の交換券の価値は下がり、紙屑のようになる危険がある。
その恐怖から逃れる1つの方法は1つだ。
速く株式を売リ現金に変え、使うことだ

この記事でで私が伝えたかったことは、株価アップするたびに喜び祝杯をあげるのはもっての外だ。
株価アップするというのは、購買意欲を発揮できる商品やサービスの数がなければ意味がない。
一部の人々は、株価がアップするして収入を得ることがある。
実体経済は発展しており、商品を買うことを楽しむことができれば、社会の利益は損失より大きくなり、また、一般の人々が広く利益を得ることもある。
しかし、逆だったら、早く株式を金額に変え使ってしまわない限り意味はない。
次に、その時は、損失と利益は社会全体で打ち消し合う。
そして、他の人は損失を被っている。

他の観点からは、個別株価が大幅に上昇しても、それだけでは、日本や世界で株価が急上昇することはまずない。
上記の議論はすべて、インフレを考慮した上での実際の値に基づいているため、インフレ率の上昇に伴う名目株価の上昇は、この議論の障害ではない。

俗に指数を上げることを目指す方針が必要だという主張があるが、その主張も無駄である。
指数が上がれば気分も上がることはあるようだが、それはただの幻覚だ。
一般人が指数に騙され喜んだのは、そのほうがいいとの話はあるかもしれないが、真相がわかれば、今より損をするだろう。
世界中、お金、株価、地価などの、そのような名目上のものを動かすことを熱望し、より基本的なものをないがしろにする人がいる。
だが、本質が見えていない。

再び一般に、総資産がどのくらいあるの議論がある。
だが、総資産の金額に意味があるかどうかはあまりない。
株式や不動産などの金融資産の時価総額を参照する場合、しばしばその意味は薄い。
なぜかと言うと、そういった類の資産は本当の価値からは遠ざかっているからだ。
バブルの時代は、日本の土地の土地価値が、日本よりも大きいアメリカの土地の総土地価格より大きくなったケースもあった。
過去、インターネット関連ベンチャー企業の総時価総額が、製造技術の主要メーカーの時価総額を大きく引き離したことが多くあった。
現在の資本主義の経済において、そのような市場価格を使って評価する以外に選択肢はないが、これらの市場価格は単なる想像上のものであり、それが本当の価値と違うというをわからない限り、疑問点は存在する。

わが国のインターネットバブルといわれるネット関連株が急増したとき、日本の資産所有者は、世界のトップ資産所有者の1つになった。
インターネットの創始者と携帯電話会社の社長は、世界で最も豊かな男として知られているブルネイ王朝を上回った事があった。
ブルネイ王の財産となった石油などの資産から、純資産からインターネットなどの知的資産の時代への移行することは、とてつもなく象徴的だった。
20世紀は、一般的に石油の世紀と呼ばれているが、それが終わりが近づきつつあり、インターネット時代の21世紀になると思われていた。
たしかに今はgoogleなどが活躍する時代だが、20世紀末のときの予感が現実になるためには、ちょっと早すぎたかもしれない。

日本の金融資産は、マネーサプライの拡大により引き続き拡大していた。
日本銀行が一枚一枚印刷した紙幣は世界に溢れており、資金は債券市場と株式市場に流入している。
金融資産は引き続き拡大した。
だが、日本経済はまだ年に1%ほど成長することはできず、その間に、国家の富と呼ばれる固有の資産が大幅に増加したという証拠はない。
より多くのお金を印刷し続けることに意味があるのか?、街の経済学者の多くは、この質問に答えていないようだ。

地価が下がって得した人と損した人11

株式市場のアップによる金融資産の増加とは?
人々は、株価のアップに伴い資産が増加したと考えているのは間違いか?
日本の金融資産は1300兆円、本当は何も意味しなかったと思うのだろうか?
そのような金融資産や不動産の増加は、実際に購入可能な商品およびサービスが増加してこそ意味がある。
金融資産は実際の資産の交換チケットのみであるためだからだ。
過去のロシアの食品流通用の切符は、交換できる品物がなく、使っても幸せではなかっただろう。
国民が実際に商品を受け取ることができないことを知っているからだ。
交換チケットの対象は、現在世界にないものも何でもかまわない。
宇宙旅行のチケットになることもできる。
将来私たちが宇宙旅行をすることができれば宇宙に行けるという、未来への約束だ。
NASAがアメリカで発行したものであれば、みんな信頼するかもしれない。
その時間を超えて将来の消費を交換するチケットでもいい。

株式の公正価値には、将来のかなりの期待もある。
消費を抑制する代わりに、将来はもっとすごい消費する権利を購入していると言えるだろう。
それは合理的で、それに応じて株価も高価になる可能性がある。
だが、例えば、現在の株価が将来2倍の消費を約束すると仮定すると、株価がアップして3倍になったと仮定すると、約束を信じますか?
もしくは、製品の3倍が実際に交換されたと思うか?
もしくは、宇宙開発事業団によって発行された宇宙旅行のチケットを信じるか?
あなたがそれを信じることができないならば、株価があまりにも高くなっている。

ある理論では、1999年末現在の日本人の金融資産の総額は1,300兆円を超えている。
本当は、借金もあり600兆円未満の控除で推計されているとすると、日本人は600兆円のお金を持っている。
600兆円は日本の1年間のGDPよりも大きい。
だが、その600兆円、現在の600兆円と同じくらい使えるか?
理論的にはできるが、本当はどうだかわからない。

世界には、実際に購入できる商品やサービスよりも多くの金融資産があり、つまり、お金が残っている可能性がある。
それができたのが、人々はすぐに買いたい、購入しなければならない商品やサービスが、予想外に少なくなっている。
過去とは異なり、日用品の生産は十分に大きく、安く輸入することができる。
このため、今日の生活は日常生活に必要なものを買ってもかなりのお金がかかる。
自動車や耐久消費財などの高級品、私は残りのお金から買いる、ある程度満足しているので、今すぐ購入することはない。
現在のように将来の価格が安くなるという期待があるならその傾向は大きくなる。
だから十分なお金があっても、そのお金は消費には行かないで、将来のための準備金として金融資産になる。
実際の商品やサービスの価格を引き上がらないが、金融資産の価格がアップする。
人々が所有する金融資産の総額が増加している理由だ。

だが、金融資産は増加しているが、実質資産はあまり増えていない。
将来的に本当に取引できるかどうかわからない交換券を購入し続けている可能性がある。
それは現在の状況では最良の考えかもしれない。
株価がアップすれば、見かけの資産価値は増加する。
誰かがこの株の仕組みに気づいて株を売っていない限り、私の交換券の価値は高額になったままである。

アドマックス