資産価値は減っていなのだが・・・2

資産デフレをの原因取り除くことの解決は簡単であることは当然であり、資産価格が回復すれば経済が改善されると考える人々もいる。
不動産業者、一般請負業者、金融機関は喜んでいる。
政府や行政当局は、株価を引き上げるために介入しようとしている、株価を予想する政策、不動産価格の底値が計画されていると考えている。
このような単純なことで経済が改善される限り、資産価格の回復を期待する人は多いようだ。
確かに米国などを見れば、株価は毎日最高値に更新され、人々は計画以上に蓄積された退職金の背景に対して少し豪華な消費を続けている。
そのような形を見るのは羨ましいと思えるだろう。

ただし、ここでは、「資産価格」と「(資産価値)資産価値」が異なることを確認する必要がある。
経済的には、おかしなことを言っているように見えるだろう。
「資産価格」は、「金額で資産価値を表現する」だけであるからだ。
言い換えれば、少なくとも「資産価格」と同じく「資産価値」と同意すべきである。

ここで簡単な質問を考えてみよう。
1ヘクタールの水田がある場合、生産される米の量がバブルの中にあっても同じであれば、その土地の「価値」はどうなるだろうか?

バブルの時代に土地の価格は高かった。なぜなら、土地からの利回りだけが価値の基準として使われたわけではないからだ。
たぶん彼は収穫された米の価格が上昇すると思ったが、おそらく彼は田んぼを住宅地として販売することを考えていた可能性がある。
この土地の米の収穫がこの土地の本来の価値であると考えるならば、実際の価格は今後の予想を加えたものから計算されると考えることができる。
経済学にとって、この予想は非常に大切であり、この土地の価値はそのような期待を含む金銭的評価でなければならない。
したがって、経済性の観点からは、地価の下落は「期待を含む土地価値の低下」であると言える。

だが期待が時々刻々と変わるので、中核のことを考えよう。
それが本質的な価値であるならば、バブルは、期待が膨らんだ瞬間に過ぎないかもしれない。それは今、本来の価値に戻すプロセスに過ぎない可能性もある。
土地価格は内在的な価値を伴って低下を止め、逆に元の価値に見合った水準に下る方が良いろう。
たとえ政府が直接的に価格を支持しようとしても、それが元の価値を上げる政策ではないとすれば、誰もが抱くことはできず、落ち込むことができないということだ。

土地の場合、本来の価値を測る方法としての利益還元法などの正統的な方法がある。収穫や賃貸収入などの土地収入はどれだけ投資利回りに相当するかそのような利回りが金利やその他の投資機会に比べて素晴らしいか否かが分かる。
東京都の商業地域などの一部の不動産は、とても素晴らしい基準に達していると言われている。
それで、土地がどちらの方法でも落ちなくなる可能性があるようだ。

土地の価格が当初の価値を上回ったり下がったりするにもかかわらず、元の価値自体が下がらなければ、なぜ地価の下落に満足しなければならないのだろうか?
内在的価値はそれほど変わらない。
もちろん、米を他のものよりも多く作る能力を持つ人がいる場合、その人の土地の価値は他の人よりも高くなるだろう。
土地の価値は人とその能力によって変わるのは当たり前だ。
しかし、本来の価値そのものが変わらず、価格だけが下がった場合、それはどのような問題だか?

そのような言葉を聞いたことがあるか?
バブル経済の崩壊により日本は何百兆円もの資産を失った。」
この言葉に疑問がなければ、それは問題だ。
日本は何も失っていないから。