家庭内暴力対策とその複雑な影響
家庭内暴力の削減を目指した取り組みは、親密なパートナー殺人の減少に寄与してきたが、その効果は一筋縄ではいかない。法的措置、たとえば家庭内暴力に関する法律の施行や、シェルターや支援プログラムといった法外なサービスの提供は、親密な関係における暴力の機会を減らす重要な手段とされてきた(Browne & Williams, 1989; Dugan, Nagin, & Rosenfeld, 1999, 2003)。これらの施策は、被害者が危険な関係から脱却する手助けをし、暴力を未然に防ぐことを目指している。
しかし、こうした取り組みには意図しない副作用も存在する。研究によれば、家庭内暴力への積極的な介入、たとえば検察官が保護命令の違反者を厳しく起訴する姿勢が、かえって女性を親密なパートナーによる殺人の危険にさらす場合がある(Dugan et al., 2003)。この「報復効果」は、加害者が介入に対して逆上し、暴力がエスカレートするリスクを浮き彫りにする。たとえば、保護命令の発行や逮捕が増えた地域では、未婚の白人女性やアフリカ系アメリカ人の未婚男性に対する殺人率が上昇したケースが報告されている。この複雑な動態は、家庭内暴力対策の設計において、単純な解決策では不十分であることを示している。
家庭内暴力対策は、単に法律やサービスの提供に留まらず、社会全体の意識改革とも密接に関連している。たとえば、シェルターの利用可能性が高まると、被害者が安全な場所に逃げる機会が増えるが、同時に加害者の報復心理を刺激する可能性もある。この二面性は、政策立案者が直面するジレンマを象徴している。
結婚と離婚の変動:親密な関係の再構築
親密なパートナー殺人の傾向は、米国の家族構造の変化と深く結びついている。離婚率の上昇と結婚率の低下は、親密な関係における暴力の機会を減らす要因として注目されてきた。離婚率の増加は、結婚しているカップルの数が減ることで、夫婦間の暴力の機会を自然に減少させる。結婚率の低下も同様に、カップルが同居する機会を減らし、潜在的な暴力のリスクを低減する可能性がある。
たとえば、Rosenfeld(1997)の研究では、ミズーリ州セントルイスにおけるアフリカ系アメリカ人の配偶者殺人の減少の30%が、結婚率の低下と離婚率の上昇に起因するとされている。この傾向は、伝統的な家族構造が変容し、単身世帯や非伝統的な関係が増えた現代社会の特徴を反映している。しかし、結婚率の低下は、同棲カップルの増加という新たな現象をもたらした。同棲は、親密なパートナー殺人の重要な危険因子として浮上している。
Wilson、Johnson、Daly(1995)の研究によると、同棲中の女性は、結婚している女性に比べて親密なパートナーによる殺人のリスクが9倍高い。さらに、男性の場合、同棲関係にあるパートナーによる殺人のリスクは、結婚している男性に比べて10倍高いことが示されている。このようなデータは、同棲関係が結婚に比べて不安定で、衝突がエスカレートしやすい環境である可能性を示唆する。同棲カップルの増加は、現代のライフスタイルの変化や経済的プレッシャーが影響していると考えられる。
女性の経済的地位向上:解放とリスクの両面
女性の経済的地位の向上は、親密なパートナー殺人の減少に大きく寄与してきた。教育水準の向上、雇用の機会拡大、所得の増加は、女性が経済的に自立し、危険な関係から脱却する力を与える。Duganら(1999)の研究では、女性の経済的地位の向上が、特に男性による親密なパートナー殺人の減少と関連していることが示された。たとえば、女性の相対的所得の増加は、結婚している女性の殺人被害の減少と強く結びついている。
さらに、女性の教育達成度の向上は、非婚の男性被害者の減少にも関連している。この傾向は、女性が経済的・社会的に自立することで、暴力的なパートナーとの関係を断ち切りやすくなることを示している。しかし、経済的地位の向上はすべての女性に均等に及ぶわけではない。貧困層やマイノリティの女性は、依然として経済的制約に直面しており、これが親密なパートナー殺人のリスクを高める要因となっている。
女性の経済的地位の向上は、単なる経済的指標の改善を超えて、社会的パワーダイナミクスの変化を意味する。たとえば、女性が家庭の主要な稼ぎ手となるケースが増えることで、伝統的なジェンダーロールが揺らぎ、関係内の緊張が高まる場合もある。このような変化は、親密なパートナー殺人の複雑な背景を理解する上で重要な視点を提供する。
報復効果と支援の限界:シェルターの逆説
家庭内暴力からの保護を目指した施策が、意図しない結果を招くケースは少なくない。たとえば、Reckdenwald(2008)の研究では、女性10万人あたりのシェルターの数が、親密なパートナー殺人の増加と関連していることが示された。1990年から2000年にかけて、シェルターの利用可能性が増えた地域では、男性による親密なパートナー殺人が増加する傾向が見られた。この逆説的な結果は、シェルターが被害者を保護する一方で、加害者の報復心理を刺激する可能性を示唆する。
シェルターの増加は、表面上は被害者の安全を確保するための施策だが、その効果は複雑だ。たとえば、シェルターに逃げ込んだ女性が一時的に安全を確保できたとしても、関係を離れるタイミングが最も危険であることが知られている(Block, 2000)。この「離脱の危険性」は、加害者がコントロールを失ったと感じ、暴力をエスカレートさせる要因となる。こうした報復効果は、家庭内暴力対策の設計において、単なるリソースの提供を超えた包括的なアプローチが必要であることを示している。
経済的貧困と殺人の連鎖:構造的格差の影響
親密なパートナー殺人の背景には、経済的貧困という構造的要因が深く関わっている。1960年代以降、女性の経済的地位は向上してきたが、依然として男性に比べて職業上の地位や所得水準で遅れをとっている。女性は男性よりも貧困に陥る可能性が高く、この経済的剥奪が親密なパートナー殺人のリスクを高める。Reckdenwald(2008)の研究では、貧困、失業、公的扶助への依存が、親密なパートナー殺人の傾向に影響を与えていることが示された。
経済的貧困は、単に個人の経済状況の問題に留まらず、社会全体の不平等を反映する。たとえば、貧困層の女性は、経済的依存から抜け出すためのリソースが不足しているため、暴力的な関係にとどまる傾向がある。この構造的制約は、親密なパートナー殺人のリスクを高めるだけでなく、支援策の効果を制限する。たとえば、公的扶助の利用が増えた地域では、殺人率が上昇するケースが見られる。これは、経済的支援が一時的な救済を提供する一方で、根本的な社会的不平等を解消するには不十分であることを示唆する。
経済的貧困と親密なパートナー殺人の関係は、単なる経済指標の分析を超えて、社会的公正の問題と直結している。貧困層の女性に対する支援策は、単に金銭的援助を提供するだけでなく、教育や雇用の機会を拡大し、長期的な自立を促すものでなければならない。このような包括的なアプローチが、親密なパートナー殺人の減少に向けた鍵となる。