頭脳戦艦ガル――この名前を耳にした瞬間、どこか遠くに消えかけていた記憶の扉が軋むように開き、忘れ去られた時代のゲームの面影が、まるで古びた絵巻物のように蘇ってくる。ファミリーコンピューターという今ではレトロゲームの象徴とも言えるハードにおいて、この作品は“伝説”として語り継がれている。もっとも、その伝説が輝かしい栄光か、それとも阿鼻叫喚の地獄巡りかは、語り手によって大いに異なるところではあるのだが。
ジャンルは“スクロールロールプレイングゲーム”──なんとも聞き慣れない響きである。いや、正確には、聞いたことがないというより、聞いた瞬間に“は?”と首を傾げたくなる摩訶不思議なジャンル名だ。あまりにも意味不明すぎて逆に頭に残る。「スクロールするロールプレイング? つまり、どういうことだってばよ?」と、プレイヤーは開始前から困惑を隠せない。
しかし、パッケージにそう書いてある以上、我々ユーザーに拒否権はない。メーカーが“これはスクロールRPGだ”と言い張れば、我々はそれを鵜呑みにするしかないのだ。ある種、ゲームパッケージというのは宗教的経典に近いのかもしれない。異論は認めない、問答無用、ただ信じろ。そう、信仰なのだ。メーカーへの信仰心こそが、ファミコン時代のゲーマーに必要な資質だったのだろう。
さて、疑念と戸惑いを胸に秘めつつも、とりあえずスタートボタンを押してゲームを開始する。画面に現れるのは、宇宙を駆ける戦闘機の姿。そう、このゲームではプレイヤーは戦闘機に搭乗し、画面の上部から次々と襲い来るミサイルや敵機を回避、あるいは迎撃しながら進んでいく。まるで縦スクロールのシューティングゲームである。いや、どう見ても、これはシューティングゲームでしかない。
しかし、何度も言うようだが、これは“スクロールロールプレイングゲーム”なのだとメーカーは譲らない。つまり、そう見えてしまうあなたの目こそがおかしいというわけである。理屈が通っていない? 関係ない、なぜならこれはファミコンだからだ。理屈より情熱、納得より根性。あの時代のゲーム開発とは、そういうものであった。
では、ストーリーに目を向けてみよう。いわく、敵が開発した“宇宙空間制御装置”なるとんでも兵器“ドラッグ”を破壊することが目的であるという。いきなり物騒な話である。しかもそのためには、宇宙のあちこちに散らばる“エネルギーの部品”をなんと100個も集めなければならない。多い。あまりにも多すぎる。
しかも、エネルギー部品は各ステージに1つずつしか存在せず、理論上100ステージ以上をクリアしなければならない計算になる。プレイヤーの精神を試すゲーム設計がすでに露骨すぎて、もはや笑えてくるレベルだ。
だが安心してほしい(?)。実際のゲームには30面しか用意されておらず、そのステージ構成も洞窟、基地、宇宙の3種類に分けられている。細かく見ると、それぞれのマップには些細な違いがあるものの、基本的な景色や敵の配置には大きな変化は見られない。つまり、飽きる。非常に飽きる。
しかも厄介なのが、左右の壁との衝突判定のシビアさである。わずかに接触しただけでも爆発扱いになるため、序盤の洞窟ステージが異常なまでに難易度が高く設定されている。洞窟の天井と壁の微妙な凹凸、そしてスクロールの速度。すべてがプレイヤーの操作精度をギリギリまで試してくる。まるで「お前の集中力、どこまで持つかな?」と挑戦されているような感覚だ。
さらに、一部の敵キャラは通常の弾丸では破壊できないという極めて理不尽な設定が存在する。そのため、画面後方から突如として現れる“イエローミサイル”のような特殊兵器が登場することになる。このイエローミサイル、ある程度撃ち続けるとプレイヤーを追尾しはじめ、そしてBボタンを押すことで、画面上の敵を一掃するという非常に便利な能力を発揮する。まさに切り札。
しかし、便利なものには裏がある。このミサイル、敵だけでなく、なんと必要不可欠なエネルギーパーツすら破壊してしまうのである。もはや味方なのか敵なのか分からない、まさにカオスの具現化。理不尽さが味方をも呑み込んでいく様は、もはや狂気の域である。
それだけでは終わらない。30ステージしかない以上、当然100個の部品を集めるには何度も周回する必要がある。2周目の終盤、あるステージで突如現れるのが“緑の蝶”のような謎のキャラクター。攻撃してみると、特に意味もなく、ボーナス点が大量に手に入る。しかも攻撃すればするほど得点は跳ね上がり、気がつけば10万点という、とても常識的とは思えないスコアを獲得することになる。
だがその代償はあまりにも大きい。なんと、ここまで集めてきたエネルギーの部品がすべて消滅するのだ。まさに悪魔の選択。快楽か、進行か。プレイヤーの欲望を試すこのシーンは、まるで神話の中に登場する誘惑のようであり、あまりに理不尽な展開にコントローラーを投げたプレイヤーは数知れず。
それでも……それでもなお、怒りや絶望を乗り越え、執念で100個のエネルギー部品をかき集め、最終ステージへとたどり着く者もいる。そこに待ち受けているのは、ついに姿を現す宇宙空間制御装置“ドラッグ”。今までの苦行ともいえる旅路の果てに待ち受けるラスボスとの戦い。スクロールしながらのバトルは激しく、音楽は不気味に、背景は無機質に流れていく。
さすがスクロールRPG。
もしドラッグが倒せずにいなくなればことがあれば、1面にに戻る。プレイヤーに多大な忍耐を必要とする製作者。
お客様に楽しませる気など一切ない。