黄昏のオード――そのタイトルだけでは、どこか幻想的な情景や、日没に染まる空の中で繰り広げられる叙情的な物語を想起させるかもしれない。実際、その名の通りに、このゲームにはほんのりと詩的な空気が漂っている。だがしかし、その実態はというと、一言で言えば、奇妙の極致にある「シンフォニックロールプレイングゲーム」である。それも、かつてゲーム開発にさまざまな冒険を試みていたトンキンハウスによって制作された、いわば“自称”と付け加えるのがふさわしい、野心的かつ突飛なタイトルである。
ストーリー自体は、一応王道を踏襲している。善と悪の対立、かつて失われた王国の遺産、そして選ばれし者の旅路。プレイヤーは、魔力を秘めた歌を操る主人公となり、旅を続けながら仲間と出会い、敵と対峙し、世界の命運を左右するような戦いへと身を投じていく。――と、ここまで読んだ時点で、熱心なRPGファンなら「ああ、またよくあるやつね」と思うだろう。実際、表面的な要素だけを見れば、確かにそうなのである。
だが、そこに“歌が魔法の代わりになる”という設定が加わった瞬間、状況は急転直下、予想だにしない奇天烈な展開を迎えることとなる。従来のRPGにおいては、呪文詠唱のテキストが用意されていたり、派手なエフェクトと共に魔法が炸裂したりと、それなりに様式美が整っていたものだが、このゲームではそんな慣習は完全に無視されている。というのも、魔法の発動方法が“歌う”ことであり、その“歌詞”をなんと、プレイヤー自身が入力するのである。
ここが本作の狂気の発露であり、プレイヤーを異次元の地平へと導く入り口でもある。つまり、ゲーム中で主人公が放つ“歌の魔法”の一つひとつが、プレイヤーの打ち込んだ歌詞を元に構成され、そのうえ、その歌詞を音声合成で“実際に歌う”のである。しかも、ただのテキスト読み上げではない。録音された50音の音声ファイルを元に、順番通りに並べて歌に仕立て上げているという、まるで悪夢のような仕組みだ。
作者としては、最初この仕様に触れたとき、冗談だと思った。だが現実は冗談を遥かに超えていた。
音程はというと、これがまた不可思議極まりない代物で、各音節に微妙に異なる音程が割り当てられており、それが律儀に再現されることによって、まったく調和の取れていない、いやむしろ意図的に不協和音を奏でるような“何か”が生まれてしまっている。もはやこれは歌というよりは、声を媒介とした呪詛であり、聴覚を通じて脳に直接ダメージを与えてくるような、“攻撃”とすら表現したくなる現象である。
この恐るべき音声合成技術――いや、むしろ“音声呪術”とでも呼ぶべきこのシステムは、プレイヤーに消しがたい衝撃を残す。筆者自身、今でもふとした瞬間に、あの妙に抑揚のついた「カ・イ・フ・ク・ノ・ウ・タ」が脳内で再生されてしまい、頭を抱えることになる。
このようにして、トンキンハウスの“狂気”は、主人公のビジュアルとのギャップでも顕在化する。イラストでは、若く、やや中性的で、柔和な笑みを浮かべる詩人風の青年として描かれており、プレイヤーとしては、繊細な歌声を予想するかもしれない。だが、いざ歌い出すと、その声はどう聞いても妙齢のサラリーマン――いや、下手をすれば某演歌歌手の域にすら達する、渋みと疲労感が同居した声が炸裂する。
この強烈なミスマッチが、キャラクターに対する感情移入を完全に断ち切ってくるのだから、もはや凶器の域である。キャラ愛とは、通常プレイヤーとゲームの間に築かれる最も基本的な絆のひとつだが、トンキンハウスはそれを「笑いながら破壊する」覚悟を持っていたのだろう。その姿勢には、ある種の感動すら覚える。
さて、肝心の歌詞についてだが、これもまたプレイヤーの自由に委ねられている。最大7文字という制限はあるものの、だからといって想像力が制限されるわけではない。だが、人間というものは怠惰であり、創造的な作業を面倒と感じることもある。そのためか、あらかじめ幾つかの“初期歌詞”が用意されており、それをそのまま使ってもゲームは進行する。
この初期歌詞がまたしても曲者である。たとえば、体力を回復する魔法に使われる歌詞は「回復の歌」。まるでラベルを貼ったようなシンプル極まりない単語であり、詩情も創意もない。だが、これが実際に「カイフクノウタ〜♪」と音声で発せられると、それはもう一種のホラーである。なぜならば、そのあまりにも率直で、意味を持ちすぎる言葉が、あまりにも人間離れした音程と発声で放たれることで、異様な現実感が生まれるからだ。
こうして、主人公は次々に奇妙な歌を歌い続ける。時には「つよさのうた」、またあるときは「まもりのうた」など、いずれもそのままの言葉でありながら、それらが音声で吐き出された瞬間、世界は歪み、ゲームは異界と化す。まさにそこには、歌が持つ“魔力”の本質が、思わぬ形で顕現しているのだ。
まるでこのゲーム全体が、プレイヤー自身に問いを投げかけているようである。「お前は本当に、キャラクターに歌わせたい言葉を知っているのか?」と。だが、その問いに答えるにはあまりにも...
ある意味ボーカロイドを先取りしたものと言えるとは思う・・・