金融世界における「まだはもうなり、もうはまだなり」1

直感にでギャンブルのように投資をしするので、相場という単語に何色を示す人がたくさんいる金融市場の世界に少し慣れているなら知っているだろう有名な言葉として、「まだはもうなり、もうはまだなり」がある。
市場参加者がいつも感じることを上手に表した言葉だ。
確かに、市場がまだ上すると直感で感じた貪欲な人が実は市場はもう上がらないという事態に遭遇したり、市場が転換期を迎える時期が来ていると高をくくり反対の動きに価格を付け相場を張ったが、市場は転換をせず同じ方向に上下することも少なくない。
これは市場の心理学で、人々は市場が心理戦の戦争であると思い、人々の心理学によって引き起こされる行動を分類する傾向を調べる。
「罫線分析(チャート分析)」の基本原則である。
だが私はそのようなチャート分析について話すつもりはない。
世界には専門家として投資をする人がたくさんいるが、私にはとても難しくて解説できない。
この記事の主なテーマは日本の感情だ。

次のような例は、正確分析を行っているときに出る。
質問1.「水の半分がガラスの中にある状態だ。
それをどう思うか?」

あなたは 「ここにまだ半分の水がある」と思うか?
「もう半分しか残っていない」と思う?
前者は楽観主義であり、後者は悲観主義になるだろう。

Q2。 「今、砂漠の真っ只中で、のどがカラカラに渇いている。
次回給水場所にいつ到着するのか不明だ。
しかし、あなたの友人はこの水を欲しがっている。」
そして私は次のオアシスに着いた。
しかし、ここでも水はコップの半分しかない。
喉が激しく乾燥しているので水を飲むことに決めた。
どれくらい飲むか?」

日本人の平均的な反応を予想してみよう。
質問1は、「半分しかない」と主張している悲観主義者であり、質問2は人道的な問題で、必要な人に水を提供し、水だけをほんの少し飲み、できるだけ多くの水を次のオアシスまで残する。

私の推論は、完全なでまかせではないと思う。
日本の現状を表現したのと同じだ。
日本には世界トップクラスの資産があるので、善世界を考慮するとコップ半分は微妙に感じるフレーズだ。
だが、バブルが始め、沢山あったように見える不動産などの資産は激減し、高齢化が進むにつれて、財政・年金・保険の状況が崩壊し始め、今の日本人にとっては、半分以下にまで水が少なくなった。

だが、貴重な財産は、アメリカをはじめとする海外にたくさん提供されている。
おそらく、アメリカ人は、「次のオアシスに到達したなら、それを倍増させてあげる」と約束している可能性がある。
だから日本人は人道主義者というよりも、それは単にローンアメリカに高金利の投資をしたのだろう。
水は今飲むのではなくて、アメリカ人に恩を売ったほうがいいろう、そのような考えがあるかもしれない。

それに対してアメリカ人は、たくさん活動し喉が渇き汗をかき、すぐに水を飲んだ。
だが、アメリカ人はまだ喉が渇いているので水がもっと必要だ。全て水を飲んだ日本人がいるから、日本人はこの前のように自分たちにもくれると思う。
次のオアシスに行けばたくさんの水があるだろう。
そのオアシスで日本人に水を1杯返しても問題ではないと思うかも。
または、多分アメリカ人は楽観的ではないかもしれないが、オアシスが発見できなければ、アメリカ人も日本人も死ぬだろう。
今水を飲んでエネルギーを補給し、日本人よりも早くオアシスを探すことができる。
そのような考えがあるかもしれない。

どちらもかなり歪んだ見解だ。
だが、その結果、同じことが起こった。
日本は海外に蓄積してきた資産を投資してきたが、アメリカは海外から不十分な資金を吸収する。
日本の景気後退の中で、お金を節約する努力をし、アメリカの1つは、躍動的な経済の中で人生を楽しむために借り続けている。
キリギリスが損をしないアリとキリギリスだ。

日本は次のオアシスで得た水を蓄積するだろう。
喉が渇いているので、私は必要最小限のものを飲むのをやめることはできない。
だが徐々にカップの水は再び減少し続ける。
少額のお金が戻ったとしても、失業のリスクにさらされている場合、将来的に給与を得ることができないという保証はない。
小さな金額は使わずに投資などをしたほうがいい。

だが、アメリカは、日本人の貯蓄の水が欲しいと言う。
合衆国の喉は未だに乾いたままだ。
水がたくさん消費されている。
日本は引き続き水を提供している。
しかしながら、将来、米国が水を返すという保証がない場合。。
だが「水」の話と金融資産の物語の間にはいくつかの違いがある。
その事は時間話そう。

アドマックス