本研究の目的は、戦後日本の少年漫画における主人公像の変遷を研究することである。漫画は時代を映す鏡と言われるように、漫画が時代とともにどのように変容してきたかを研究することで、それぞれの時代に生きた人々の価値観や理想を探ることができると考えている。
多様な大衆文化の中から漫画を研究対象に選んだ理由は、次の3点に集約される。第一に、漫画は「絵だけを使う芸術や言葉だけを使う文学に比べて、著しく具象的」(宮原,2001:29)である。これは、絵と言葉を巧みに使って表現される漫画が、小学生から大人まで幅広い年齢層に親しまれるメディアであり、そのビジュアルだけで概ね内容を理解できるからである。第二に、漫画は「日常生活に密着した身近なメディア」(宮原,2001:29)であり、「戦前から一貫して若者にとって重要な位置を占めてきたほぼ唯一のメディア」(宮台ら,1993:141)である。第三に、漫画は「社会的・知的権威がない」ため、「社会的常識や道徳からの自由」(宮原,2001:30)が許されている。それゆえ、その時代に生きた人々の率直な思いが、作品に直接的に表現されうるのである。
現代日本の漫画は、少年漫画や少女漫画などさまざまなジャンルから構成されているが、本研究では、これらのジャンルの中で最も発行部数の多い少年漫画誌に注目する。その理由は、人気少年漫画の多くが、主人公が自分の夢を実現するためにスポーツやバトルで「がんばる」という「成長」物語を描いているようであり、この「ガンバリ主義」が戦後の日本人の価値観と関係している可能性があるためである。
分析の素材は「少年ジャンプ」に掲載された人気漫画に求め、これらの作品に登場する主人公像が時代とともにどのように変化してきたかを分析することにした。この分析を通じて、漫画と社会・文化との関係を明らかにするとともに、戦後の日本人(特に日本の若者)像や人々の価値観・意識の変化を推し量る手がかりを得たいと考えている。
第2節分析資料と収集方法の特徴
(1)分析材料の選定理由
本研究では、数ある少年誌の中から、『少年ジャンプ』に掲載されている人気作品を選んで分析を行った。この雑誌を選んだ理由は、以下の通りである。
少年ジャンプ』は1970年代半ばから少年誌のトップを走り続け、1980年代半ばから1990年代半ばにかけては、日本の出版史において記録的な部数を誇り続ける人気雑誌であった。そこで、時代とともに変化してきたこの人気雑誌に描かれた主人公のイメージを研究することで、戦後の日本人像や価値観の変容を浮かび上がらせることができると考えた。
特に、少年誌の中では後発でスタートした『少年ジャンプ』は、創刊当時はベテラン作家の作品を掲載できなかったため、他の雑誌よりも新人の育成に力を入れていました。そのため、より時代に合った作品が多く掲載されたのではないかと考えている。また、『少年ジャンプ』は他誌に比べ、「創刊時から読者の期待や要望に応えることを第一とする方針」(斎藤、1996:12)として、創刊時から読者アンケートによる人気投票の結果を重視していたとされる。
したがって、同誌に掲載される人気漫画の内容には、各時代の読者の理想や価値観がある程度反映されていると考えられる(斎藤,1996:13)。さらに、『少年ジャンプ』は「小学生からサラリーマンまでが読んでいる」といわれ、他の少年誌に比べて女性読者が多いと推定されることから、間接的にせよ、幅広い読者の意識を捉えている可能性があると考えられる(表2-1参照)。
表2-1学生が普段読んでいる雑誌上位10誌(注)
(注)本論文のこのスペースには、1986年から1990年までの「学生がよく読む雑誌ベスト10」を男女別・年齢別にまとめた表が掲載されている。
これによると、男子は全年齢(小学校6年生、中学校3年生、高校3年生)で『少年ジャンプ』が1位を獲得している。女子は3位から5位が常連で、1980年代後半に『少年ジャンプ』が高い人気を誇っていたことがわかる。
約10年前のデータなので、今頃は順位が変わっているかもしれません。しかし、現在も『少年ジャンプ』が上位にランクインしていることは、ほぼ間違いないと思われます。
詳しくは、宮原浩次郎・荻野正弘編『漫画の社会学』p.143(世界思想社、2001年刊)を参照されたい。
(少年ジャンプ』は週刊誌であり、そのバックナンバーを分析資料として利用することが望ましい。本研究の資料収集の段階で、現代漫画図書館でほとんどのバックナンバーを閲覧できることが判明した。しかし、過去33年間に発行されたすべての号を閲覧することは時間的にも経済的にも困難であり、また、各作品は連載形式で発行されているため、本誌よりも単行本の方がストーリーを把握しやすいことから、本研究では単行本(ジャンプコミックス)を分析対象とした。
各作品の単行本を読んで時系列的な変化を把握し、作品の内容を項目ごとに分析した。項目については、次項で詳述する。
(本稿の目的は、少年漫画における主人公像の変遷を研究することで、戦後における日本人の意識・価値観の時系列的変化を把握することであった。
しかし、その分析には次のような点で限界があった。
まず、『少年ジャンプ』の創刊が1968年であるため、本研究ではそれ以前の時代の分析は不可能であった。また、1990年代の作品については、2001年現在も連載中のものが多く、分析が困難であるため、最低限の分析にとどめた。
第二に、資料入手の事情から、本研究では本誌『少年ジャンプ』ではなく、単行本の分析を対象とした。そのため、本誌に掲載された広告や特集記事の内容、本誌に掲載された他の作品との関連性などを検証することはできない。
第3に、研究を1誌に限定することで、その雑誌の傾向やカラーが反映されやすく、「少年誌」であっても内容に偏りが生じる可能性がある。一方で、掲載誌による違いを考慮することなく、個々の作品を比較し、時系列的な変化や主要キャラクターの特徴を見ることができるというメリットもある。
第四に、漫画がある程度時代を反映していることは事実だとしても、やはりフィクションの作品であることに変わりはない。したがって、漫画に描かれた世界や主人公像が、それぞれの時代の社会的現実であると決めつけることはできないというのが、本研究の最大の限界である。
第3節研究方法研究方法
(1)対象作品の選定基準
以下の表は、『少年ジャンプ』創刊号から2000年までにヒットした主な作品を、『漫画編集術』(西村、1999:10-11)の巻頭資料を参考に、筆者がまとめたものである。このうち、作品タイトルに◎がつくものを分析の対象とする。
表2-2「少年ジャンプ」の主なヒット作
連載開始年
作品名
作者名
ジャンル
1968
◎ハレンチ学園
永井豪
学園
1968
◎男一匹ガキ大将
本宮ひろ志
学園
1970
ど根性ガエル
吉沢やすみ
ギャグ
1970
トイレット博士
とりいかずよし
ギャグ
1972
アストロ球団
遠藤史郎・中島徳博
スポーツ
1973
◎プレイボール
ちばあきお
スポーツ
1973
包丁人味平
牛次郎・ビッグ錠
料理
1973
はだしのゲン
中沢啓次
原爆
1975
サーキットの狼
池沢さとし
スポーツ
1976
こちら葛飾区亀有公園前派出所
秋元治
ギャグ
1976
東大一直線
小林よしのり
ギャグ
1977
◎リングにかけろ
車田正美
スポーツ
1977
すすめ!パイレーツ
江口寿史
ギャグ
1979
◎キン肉マン
ゆでたまご
格闘
1980
Dr.スランプ
鳥山明
ギャグ
1981
キャッツ・アイ
北条司
アクション
1981
◎キャプテン翼
高橋陽一
スポーツ
1983
◎北斗の拳
武論尊・原哲夫
格闘
1983
ウイングマン
桂正和
SF
1984
◎ドラゴンボール
鳥山明
冒険
1984
きまぐれオレンジ☆ロード
まつもと泉
ラブコメディー
1985
魁!!男塾
本宮あきら
ギャグ
1985
CITY HUNTER
北条司
アクション
1986
聖闘士星矢
車田正美
格闘
1987
ジョジョの奇妙な冒険
荒木飛呂彦
冒険
1987
BASTARD!!─暗黒の破壊神─
萩原一至
ファンタジー
1988
◎電影少女
桂正和
ラブコメディー
1988
ろくでなしBLUES
森田まさのり
学園
1989
DRAGON QUEST─ダイの大冒険─
三条陸・稲田浩司
冒険
1990
◎幽☆遊☆白書
冨樫義博
格闘
1990
◎SLAM DUNK
井上雄彦
スポーツ
1993
るろうに剣心─明治剣客浪漫─
和月伸宏
歴史
1995
─セクシーコマンドー外伝─すごいよ!!マサルさん
うすた京介
ギャグ
1996
封神演技
藤崎竜
歴史
1996
遊☆戯☆王
高橋和希
ゲーム
1997
◎ONE PIECE
尾田栄一郎
冒険
1998
HUNTER×HUNTER
冨樫義博
冒険
1999
ヒカルの碁
ほったゆみ・小畑健
囲碁
シャーマンキング
武井宏之
1998
バトル
テニスの王子様
1999年
スポーツ
ボボボーボ・ボーボボ
澤井啓夫
2001年
ギャグ
BLEACH
久保帯人
2001
バトル
銀魂
空知英秋
2004
ギャグ/歴史
DEATH NOTE
小畑健
2004
サスペンス
魔人探偵脳噛ネウロ
松井優征
2005
サスペンス/ギャグ
To LOVEる-とらぶる-
矢吹健太朗・長谷見沙貴
2006
ラブコメディ
トリコ
島袋光年
2008
冒険
黒子のバスケ
藤巻忠俊
2009
スポーツ
暗殺教室
松井優征
2012
ファンタジー
斉木楠雄のΨ難
麻生周一
2012
ギャグ
僕のヒーローアカデミア
堀越耕平
2014
ヒーロー
鬼滅の刃
吾峠呼世晴
2016
歴史
メディア分析を行うにあたり、全少年誌から分析する作品数が多くなりすぎ、選択基準が不明確になってしまう。そこで、『少年ジャンプ』の連載作品の中から大ヒットした作品を中心に、60年代、70年代、80年代、90年代の計12作品を分析対象とした。
ただし、12作品は、その人気から連載期間が5年前後と長期にわたるものが多いため、必ずしも年代別にきれいに分けているわけではない。大ヒット作品かどうかは、単行本の売り上げやアニメ化、関連商品のヒットといった話題性、ブームのきっかけや社会的影響などを総合的に判断している。また、ストーリー性のある漫画の方が主人公像が把握しやすいため、ギャグ漫画ではなくストーリー漫画のみを分析の対象とした。
(2)内容分析
各作品はセクションに分かれており、「序章」では「あらすじ」「主な登場人物」「作品への反応と主な支持者」などが書かれていました。
全体の流れとしては、まず、主人公の性格的特徴を捉えることで、その時代の読者がどのような人物に感情移入していたかを分析します。次に、家族や友人、女性キャラクターなど、主人公を取り巻く人間関係の描き方を検討し、各時代の人間関係の特徴を推察する手がかりを得ます。そして、作品のモチーフや中心テーマについて、特に「少年ジャンプ」のキーコンセプトである「友情」「努力」「勝利」との関連で検討する。以上の作業を通じて、連載当時の社会背景と作品内容との関連性を検討する。
なお、上記の「作品分析」における分析視点について、一般的な解説を行う。
<主人公の特徴
ここでは、主人公の性格や物語の中でどのように活躍しているかを分析します。各時代の読者がどのようなキャラクターに感情移入し、カッコイイと思ったかを考察することで、各時代の読者の価値観や理想を探っていく。
<主人公を取り巻く人間関係
ここでは、主人公と脇役の関係を、<1>敵味方の立場、<2>女性キャラクターの立場、<3>家族の立場の3つの視点から分析します。主人公と他の登場人物との関係から、作品における主人公の位置づけを明らかにするとともに、各時代における人間関係の特徴を推測することがでく。
<作品のモチーフ
ここでは、2つの視点から分析します:<1>中心テーマとキーワード、<2>「友情・努力・勝利」との関係。1>では、作品に頻出するテーマやキーワードに着目し、作品に込められたメッセージを読み解くことで、その時代に求められていたものを考えていく。2>では、『少年ジャンプ』創刊以来の編集方針である「友情・努力・勝利」というコンセプトと作品の内容との関係を分析します。友情」「勝利の大切さ」「努力の大切さ」の描き方、捉え方は時代によって異なり、それが何を意味するのかを考察します。
<連載当時の社会背景との関連性
本節では、作品の内容と各時代の社会背景との関係を考察する。漫画というメディアに限定した議論ではあるが、社会変化の影響下での文化の変容や人々の価値観の変化を探ることを意図している。
はじめに」の「あらすじ」「主な登場人物」は、漫画の各巻の冒頭にある「全巻のあらすじ」「登場人物の紹介」の項目を参照している。ただし、「プレイボール」「電影少女」については、特に紹介されていないため、著者独自の視点でまとめている。