第二の理由は、こうした主張をする人がプラシーボ効果を軽視している点にある。たとえ理想的な視聴環境が整っていたとしても、人間の主観的判断は常にプラシーボ効果の影響を受ける。店舗での視聴では、ブランドのイメージや店員の説明、さらには機器の外観といった外部要因が、リスナーの音質評価に無意識に影響を与える。これを軽視する態度は、音質評価の難しさを理解していない証拠である。実際に自分で店舗視聴を試みた経験がなく、単に「聴けばわかる」と安易に語る人は、音声圧縮技術の評価における複雑さを認識していない。このような人は、信頼できる音質評価者とは言えない。

この二つの点を軽視する態度そのものが、音質評価の難しさを理解していないことを示す明確な証拠である。信頼できない評価者の典型例として、ジョイントステレオに関する視聴試験の事例が挙げられる。この試験では、参加者がジョイントステレオと通常のステレオの音を聞き比べ、その違いを評価したが、適切な二重盲検試験やサンプル音源の公開が行われなかった場合、結果の信頼性が大きく損なわれた。音声圧縮技術の音質について語る際、信頼を得るためには、ABXテストやABC/HRテストのような二重盲検試験の記録を提出し、視聴テストに使用したデジタルサンプル音源を公開することが不可欠である。これらの条件を満たさない発言は、信頼に値しないと断言できる。この原則は、HydrogenaudioのTerms of Service #8にも明記されており、音声圧縮技術のコミュニティにおける標準的なルールとなっている。

ABXテストの重要性について、さらに詳しく解説する。ABXテストは、二つの音声（例えば、圧縮前と圧縮後の音声、または異なる圧縮方式の音声）を聞き比べ、リスナーがそれらを識別できるかを検証する手法である。このテストをコンピュータ上で実施する場合、比較対象となる音声ファイル（音声1と音声2）を用意し、さらに対象音声（X）をランダムに選んで再生する。リスナーは、音声1、音声2、音声Xを聞き比べ、Xが1と2のどちらかを判断する。このプロセスを繰り返し、正解率を統計的に分析することで、リスナーが音声の違いを識別できるかを客観的に評価できる。

例えば、ABXテストにおいて、音声A（圧縮前）と音声B（圧縮後）を比較し、音声Xがどちらかを判断する。より複雑な形式として、音声A、B、X、Yを比較し、XとYが（AとB）または（BとA）のどちらに該当するかを判断する方法もある。このような試みを十分な回数繰り返し、全体の正解率を分析することで、音声の識別可能性を統計的に評価できる。仮に、リスナーが10回連続で正解した場合、音声を識別できる確率は99.9%程度と推定される。この高い確率は、リスナーが音声の違いを明確に聞き分けられることを示す。ただし、複数回のテストで偶発的に正解が続く場合もあるため、単一の結果だけを公表することは誤りである。さらに、ABXテストのデータを捏造する可能性も否定できないため、データの信頼性を確保するには第三者の検証が必要である。

ABXテストの記録を提出するだけでなく、視聴に使用したサンプル音源を公開することは、評価の透明性を高めるために極めて重要である。サンプル音源を公開することで、第三者が同じ音声を用いてテストを再現でき、評価の妥当性を検証できる。このプロセスは、誤った結果や不正な主張を明らかにする役割を果たし、評価者の信頼性を担保する。サンプル音源を公開する人は、常に第三者からの検証という「圧力」を受けるが、これは信頼性を証明する機会でもある。逆に、サンプル音源を公開しない人は、自身の主張に対する自信が欠けていると見なされ、信頼を失う。

ABXテストに加えて、ABC/HRテストも音質評価に有用である。ABC/HRテストでは、複数の音声にスコアを付けて主観的な音質の優劣を評価する。ただし、このテストはABXテストほど客観性が高くないため、注意が必要である。ABXテストは、音声の識別可能性を測定するものであり、音質の優劣を直接評価するものではない。一方、ABC/HRテストは、リスナーの主観的な好みを反映したスコアリングを可能にするが、その結果は個人差に大きく影響される。たとえば、あるリスナーが特定の圧縮音源に高いスコ Aaを付けたとしても、別のリスナーが同じ音源に異なるスコアを付ける可能性がある。このため、ABC/HRテストの結果は、あくまで参考情報として扱うべきである。

ABXテストとABC/HRテストの重要性は、以下の二つの理由で裏付けられる。第一に、これらの testはプラシーボ効果を確実に排除する。ABXテストは、音声の識別可能性を客観的に測定するため、プラシーボ効果が入り込む余地がない。たとえリスナーが「音声1の方が音声2より優れている」と信じていても、両者を識別できなければ、その信念は根拠を欠く。ABC/HRテストでは、音声の違いが明確な場合、リスナーは好みに基づいてスコアを付けるが、識別できない場合に好みだけで高スコアを付けることは防げる。このように、両テストはプラシーボ効果を最小限に抑え、客観的な評価を可能にする。

第二に、ABXテストは音質の優劣を判断するプロセスにおいて、明確な基準を提供する。たとえば、元の音源（test.wav）を二つの方法で圧縮し、結果を1.mp3と2.mp3とした場合、どちらの音質が優れているかを判断するには、ABXテストが有効である。具体的には、以下の三つの比較を行う：

圧縮された1.mp3と圧縮前のtest.wav

圧縮された2.mp3と圧縮前のtest.wav

圧縮された1.mp3と圧縮された2.mp3

もしリスナーが1.mp3と2.mp3を識別できなければ、両者の音質は同等とみなされる。また、1.mp3とtest.wavを識別できなければ、1.mp3の音質は圧縮前の音声と同等であると判断できる。一方、1.mp3とtest.wavを識別できた場合、少なくとも1.mp3の方が2.mp3よりも音質が優れている可能性が高い。このような比較を通じて、音声圧縮技術の目的—つまり、圧縮前の音声と識別不可能な音質を軽いファイルサイズで実現すること—が評価される。三つのABXテストすべてで識別に成功した場合にのみ、リスナーの好みが音質の優劣判断に影響を与える余地が生じる。

このプロセスを通じて、リスナーは音声の違いを客観的に評価し、自分の好みを明確に把握できる。

だが、あなたは2つの圧縮された音と圧縮する前の音を何度か聞いていて、1と圧縮する前の音の差と2と圧縮する前の音の差がどのくらいなのか、両方の音がどのように差があるのかをよく知っているだろう。このような比較を通じて、音声圧縮技術の微妙な違いを理解することは、音質評価における重要なステップである。しかし、単に「なんとなく違う」と感じるだけでは不十分であり、具体的な違いを明確に認識し、それを客観的に検証するプロセスが不可欠である。ABXテストは、この目的を果たすための強力なツールであり、音質の差を確実に識別するために必須である。ABXテストに成功するには、音のどの部分がどのように異なるのかを正確に把握する必要がある。たとえば、高周波の減衰やノイズの混入、特定の楽器の音色の変化など、具体的な特徴を捉えることが求められる。「なんとなく差がある」という曖昧な感覚では、ABXテストでの鑑別に失敗する可能性が高い。このテストの優れた点は、微細な音質の違いを厳密に評価できる点にある。リスナーは、集中力を高め、細部に注意を払いながら、音の違いを明確に識別する能力を試される。

もしABXテストの結果、音声1（例えば、ある圧縮方式でエンコードされた音）が音声2（別の圧縮方式）よりも圧縮前の音に近いと判断された場合、音声1の方が音質的に優れていると結論づけられる。このような客観的な比較は、音声圧縮技術の評価において信頼性を確保するための基盤となる。ABXテストを十分に実施し、その結果に基づいて音質の違いを議論する人は、テストを行わずに主観的な意見を述べる人とは信頼性が根本的に異なる。ABXテストを積極的に採用する人は、音質に真剣な関心を持ち、科学的アプローチを通じて正確な評価を目指している。一方、テストを拒否し、根拠のない主張を繰り返す人は、音質そのものよりも自己の権威や印象を重視している可能性が高い。このような態度は、音声圧縮技術の評価において信頼を損なう。

音質に本当に関心がある人は、ABXテストを積極的に実施し、その結果を基に議論を展開する。対照的に、音質に深い関心を持たず、単に目立つ発言をしたいだけの人は、ABXテストを避ける傾向がある。彼らは、テストによって自分の主張が検証され、誤りが明らかになることを恐れる。このような態度の違いは、評価者の信頼性を測る明確な指標となる。ABXテストの意義は、単にテストを実施した個人にとって重要なだけでなく、音質評価の透明性と客観性を高める点にある。しかし、ABXテストの結果は、あくまで実施した個人の聴覚に基づくものであり、他の人にとって同じ意味を持つとは限らない。なぜなら、個々のリスナーの聴覚能力や好みは異なるからである。さらに、ABXテストのデータは偽造が容易であり、都合の良い結果だけを公開する不正も可能である。このため、ABXテストの記録だけでなく、サンプル音源の公開が不可欠である。