サンプル音源の公開は、音質評価の信頼性を飛躍的に高める。もし誰かが「ABXテストの結果だけを公開する」と主張した場合、私は「サンプル音源も公開してほしい」と強く求める。他人のABXテスト結果は、その人の聴覚に依存したものであり、必ずしも他のリスナーにとって有用とは限らない。しかし、サンプル音源が公開されれば、誰でもその音源を用いて自分の耳で音質を評価できる。このプロセスは、個人の聴覚能力に基づく再検証を可能にし、評価の客観性を強化する。多くの人が音質評価に取り組んでいる場合、ABXテストのデータ提出よりもサンプル音源の公開が圧倒的に重要である。なぜなら、音源の公開は、コミュニティ全体での知識共有を促進し、複数のリスナーが同じ音源を基に評価を行うことで、議論の深みを増すからである。
音質評価のコミュニティでは、ABXテストのデータ公開が標準である場合、メンバーが互いに信頼し合う関係であれば、データ提出の必要性が低減されることもある。サンプル音源を詳細なコメント付きで公開するだけで、音質に関する知識を効果的に共有できる場合が多い。このような環境では、厳格な「鉄則」を必ずしも守る必要はなく、効率を優先して柔軟に対応できる。ただし、これは信頼関係が確立されたコミュニティに限られる。広く一般に公開する評価では、ABXテストのデータとサンプル音源の両方を公開することが、信頼性を確保する最善の方法である。ABXテストは、自分の耳で音質を研究するための強力なツールであり、サンプル音源の公開は、他人にその研究を共有する手段である。複数の人が音質を研究する場合、サンプル音源の公開は特に重要であり、コミュニティ全体の知識向上に寄与する。
音声圧縮技術に関する根拠のない噂が広まることは、しばしば問題となる。これらの噂を信じる人々の共通点は、自分の耳よりも外部の知識や情報に依存して音質を評価し、なおかつ「自分で聴いてそう感じた」と主張することである。このような態度は、プラシーボ効果を無視し、第三者による検証を拒否する点で問題がある。例えば、「MP3の音質は、たとえ320kbpsでもCDに比べて大きく劣る」という主張がよく聞かれる。ある人は、以下のような発言をするかもしれない。「320kbpsのMP3でも、CDの16bit 44.1kHzに比べれば音質ははるかに劣る。その違いはすぐにわかる。MP3を話題にすること自体、音質について低レベルな議論だ。私はCDの音質にも満足せず、24bit 96kHzのハイレゾ音源を聴いている。」
このような主張をする人は、ABXテストを実施してその違いを客観的に検証した経験がほとんどない。実際にABXテストを行った人は、こうした極端な主張をせず、謙虚な姿勢を示す。なぜなら、320kbpsのMP3とCDの音質差を識別するのは、非常に難しい場合が多いからである。確かに、特定の音源(例えば、「castanets2」のようなキラーサンプル)では、320kbpsのMP3と圧縮前の音を比較的容易に識別できる場合がある。しかし、ABXテストを実施すればわかるように、こうした例は例外であり、一般的な音楽では圧縮前と圧縮後の違いは極めて小さい。多くの場合、320kbpsのMP3は圧縮前の音とほぼ識別不可能であり、「劣っている」と断定するのは適切ではない。さらに、特別なキラーサンプルを選ばない場合、192kbpsや時には128kbpsでも、圧縮前と識別が困難になることが多い。
この事実を検証するには、好きな音楽を用いてABXテストを行うのが効果的である。テストを通じて、リスナーは自分の耳で音質の違いを評価し、誇張された噂の誤りを認識できる。ABXテストを実施した人は、320kbpsのMP3とCDの違いを識別することが可能であっても、その差は微妙で、労力を要すると認める傾向がある。彼らは、耳に根拠のない自信を持つことなく、客観的なデータに基づいて議論する。一方、こうしたテストを避け、音源を公開しない人は、すべての音源で簡単に違いを識別できると過信し、検証の必要性を軽視する。このような態度は、信頼性を欠くだけでなく、音質評価のコミュニティにおける知識共有を妨げる。
320kbpsのMP3とCDの音質差を主張する人は、往々にしてサンプル音源を公開しない。彼らは、自分の耳に絶対的な自信を持ち、検証の必要がないと考えている。しかし、ABXテストを実施すれば、圧縮前と圧縮後の音の違いが微細であることが明らかになり、誇張された主張の根拠が薄弱であることがわかる。一般的な音楽を用いた場合、192kbpsでも圧縮前とほぼ識別不可能になることが多く、128kbpsでも識別が難しい場合がある。このような事実を無視し、根拠のない主張を繰り返す人は、音質評価の信頼性を損なう。
例えば、私は、特に違いを認識することが困難であると感じたサンプルについて、圧縮する前の音と320kbpsで圧縮された音を容易に鑑別することができる自信がある人なら、「たとえ320kbpsでもMP3の音質はCDよりもはるかに劣っている」と豪語してもいいだろう。このような大胆な主張をするには、確固たる根拠が必要である。自信があるだけでは不十分であり、客観的な検証を通じてその主張を裏付けることが求められる。根拠のない自信は、単なる自己満足に終わり、他人から見れば信頼性を欠くものとして映る。誤った主張を公にすることで、恥をかくだけでなく、音声圧縮技術に対する誤解を広める危険がある。このような事態を避けるためには、ABXテストを自らに課し、音質の違いを厳密に検証することが不可欠である。ABXテストは、主張の裏付けを提供し、評価者の信頼性を高めるための科学的ツールである。
また、こうした豪語をする人が、16bit 44.1kHzのCD音質と24bit 96kHzのハイレゾ音源を二重盲検試験で確実に鑑別できたという話を聞いたことがない。多くの場合、こうした主張は主観的な印象や先入観に基づいており、客観的な検証を欠いている。逆に、AVマニアが優れた音響設備を用いて両者を比較しても、違いを明確に識別できなかったという報告は容易に見つかる。このような事例は、音質の違いが極めて微細であることを示唆している。興味深いことに、こうした検証の後で、曖昧な情報に基づいて「鑑別できた」と再び主張する人がいるが、これは検証の不足による誤解である。鑑別が可能か不可能かにかかわらず、こうしたトピックは音質評価において興味深いテーマであり、二重盲検試験による再検証が行われれば、さらに深い洞察が得られるだろう。このような再検証は、音声圧縮技術や高解像度音源の評価において、新たな知識をコミュニティに提供する機会となる。
Hydrogenaudio Forumsでは、24bit 96kHzと16bit 44.1kHzの音質比較に関する興味深い議論が展開されている。例えば、「DVD-A vs. CD」や「Nyquist was Wrong」に関連するリスニング試験用のサンプル音源が公開されており、誰でもダウンロードして検証できる。これらの試験の結果、24bit 96kHzと16bit 44.1kHzの違いを人間が明確に認識できるという証拠は見つかっていないようだ。この事実は、高解像度音源の優位性が一般に考えられているほど顕著ではないことを示している。少なくとも、両者の違いは非常に微妙であり、音質評価において特別に重視すべき問題ではない。このような結果は、音質に関する過剰な期待や誇張された主張を再考するきっかけとなる。音声圧縮技術の評価においても、同様に客観的なデータに基づく議論が必要である。
基本的に、自分の耳が他人よりも優れていると信じる人は、信頼に値しない。特に、二重盲検試験を避ける傾向がある人は、注意が必要である。アナログ音声の時代とは異なり、現代ではコンピュータを用いたABXテストによって、誰でも自分の聴覚能力を容易に検証できる。このような時代において、根拠のない主張や誇張された発言は慎むべきである。ABXテストは、個人の聴覚能力を客観的に評価するツールであり、音質に関する議論の透明性を高める。自分の耳に過度な自信を持ち、検証を避ける人は、音声圧縮技術の評価において信頼性を欠く。このような態度は、コミュニティ全体の知識共有を妨げ、誤った情報の拡散を助長する。
MP3やAAC、WMAなどの非可逆圧縮技術について、「音の重厚さが減少する」と主張する人が一定数存在する。例えば、インターネットで「LAME MP3の音の厚み」といったキーワードを検索すると、こうした意見が散見される。こうした主張は、音声圧縮技術を「音の重厚さ」という曖昧な表現で批判する傾向にある。しかし、こうした主張をする人がABXテストを実施し、その結果を公開している例はほとんどない。さらに、第三者が検証できるようにサンプル音源を公開しているケースも皆無である。私自身の経験では、MP3やAACに圧縮した音を圧縮前の音と比較しても、「音の重厚さが減少する」という現象は確認できない。このような主張は、客観的な検証を欠いた主観的な印象に基づいている可能性が高い。もし「音の重厚さが減少する」音源が存在するというなら、ぜひそのサンプルを公開してほしい。そうすれば、コミュニティ全体でその主張を検証できる。